祝祭日には国旗を掲げましょう
since 25/Jan./2006

最終更新日
平成廿六年五月四日







★ はじめに ★

 なさま、こんにちは。
 ようこそご来館くださいましてまことに有難うございます。

 近年、学業を卒えても働かないニートと呼ばれる若者が増加しています。学校では陰湿な“いじめ”や“校内暴力”が話題になり、家庭でも夫婦・親子間に断絶が生じて“家族崩壊”と呼ばれる現象が起きています。未成年者の犯罪が後を絶たず、犯行手口はますます凶悪化しています。しかも、低年齢層に広がりをみせており、危機的な状況と言わざるを得ません。
 世の中を見渡しても、政界・財界・官界を問わず、欲望をむき出しにした利権争いが目立ちます。相次ぐ不祥事にも責任転嫁して恥じない会社経営陣、物事を「損得」でしか考えない歪んだ価値観など、枚挙にいとまがありません。社会全体が狂っています。大人たちが変なのですから、それを見て育つ子供が正常でなくなるのは当たり前です。少なくとも私には、最近の子供が気の毒に思えてなりません。

 一つ一つの現象を捉えてみると、昔なら断じて無かった、とはさすがに言い切れませんが、これほどまで多くはなかったはずです。「昔」と「今」では、何が違ってしまったのでしょう。

 父祖が大切に護りぬいてきた、日本人としての「矜持」を見失ってしまったからです。「合理性」とか「自由」といった西洋的価値観にかぶれた多くの現代人は、本来あるべき“こころ”がすっかり汚染されています。物質的な豊かさと引き替えに、『魂』を奪われているのです。身勝手な権利ばかりを主張していたらみんなに嫌われ、軽蔑されるのは自明です。
 「矜持」とは、古来より培われてきた『大和ごころ』(大和魂)を指します。「三種の神器」に象徴される日本人の心のよりどころです。

   ・八咫の鏡(やたのかがみ)        = 「至誠」(まごころ)
   ・八尺瓊の勾玉(やさかにのまがたま) = 「仁愛」(やさしさ)
   ・草薙の剣(くさなぎのつるぎ)      = 「勇気」(ゆうき)

 この『大和ごころ』を一人でも多くの方々に取り戻していただきたいと思い、当館を立ち上げました。もちろん、自分自身が拳拳服庸する意味合いもあります。

 人生は、生涯に亘る修行の連続です。その一つの鍛錬機関として、全国に「寺子屋」のネットワークを拡げたい、と考えています。老若男女を問わず、常に「学ぶ」機会が必要です。学校だけが教育の場ではありません。家庭における夫婦・親子の対話、職場における上司・同僚・部下との対話、地域社会における対話等々‥‥、どんな場面でも実践可能です。当館がネット版「寺子屋」としてきっかけになり、寺子屋網が拡がるよう願っております。

 まだまだ不十分な内容ではありますが、逐次追加していくつもりです。よろしかったらぜひお立ち寄りください。

 い日本人になるには、ちゅうぎのこゝろを、もたねばなりません。おとうさんや、おかあさんには、こうこうをつくし、きょうだいとは、なかよくし、ともだちには、しんせつにし、めしつかいをあわれみ、きんじょの人には、よく、つきあわねばなりません。

 なにごとにも、しょうじきで、こゝろのとがめるようなことをせず、ゆうきがあって、しんぼうづよく、ものごとに、あわてぬようにし、じぶんのことは、じぶんでし、そして、なんぎをこらえねばなりません。また、からだをじょうぶにし、けんやくをまもって、しごとに、せいださねばなりません。

 そのほか、れいぎをまもり、じまんをせず、おんをうけては、わすれぬようにし、人をそねむようなことなく、どりょうを大きくし、人のものを、だいじにせねばなりません。

 かように、じぶんのおこないをつゝしんで、よく、人にまじわり、そのうえ、よのため、人のために、つくすように、こゝろがけると、よい日本人になれます。


小学館文庫「尋常小学修身書」(八木秀次監修)第三学年用より

「自信」と「誇り」をもちたい方は、ここ(入館口)をクリックしてください。

解像度1024×768ピクセル以上の画面でご覧になることをお薦めします。
当サイトは携帯電話モードには対応いたしておりません。


当サイトへのお問い合わせ、ご意見等は下記へ
master@kuro-net.org

Counter